| デュッセルドルフ小史 |
| 年代 |
デュッセルドルフ周辺での主な出来事 |
ドイツ全体の出来事 |
| 紀元前20万年〜4万年 |
デュッセルドルフ市近郊ネアンデルタールに原始人類(ネアンデルタール人)が存在 |
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| 紀元前後 |
近郊都市ノイス、ツオンスなどの都市を形成したローマ人の侵攻がライン左岸までで終わり、デュッセルドルフはローマの影響を受けなかった |
ゲルマン民族大移動(375)、 コンラート一世最初のドイツ国王になる(911)、 オットー大帝戴冠、神聖ローマ帝国成立(962) |
| 1158 |
デュッセルドルフが初めて史実に登場。ベルグ家がデュッセルドルフに勢力を拡大 |
大空位時代(1254−1273) |
| 1288 |
現在の旧市街地区をベルグ家が領有した上、デュッセルドルフに都市のステイタスを与える |
ライン同盟(1254) ハンザ同盟(1283)の成立 |
| 1400 |
ベルグ公国最大の都市となる |
金印勅書を公布(1356) |
| 1614 |
相続争いの為、ベルグ公国が南ドイツのノイブルグ家の手に渡り、400年以上続いたベルグ家の統治が終わる |
ルターの宗教改革(1517)、 30年戦争(1618−1648) |
| 17世紀後半 |
フィリップ・ヴィルヘルムがノイブルグ家の勢力を拡大し、ライン河西部のプファルツ選定侯領を引継ぐ |
プロイセン王国成立(1701) |
| 1795 |
フランス革命軍によって占領される |
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| 1806 |
ナポレオンにより占領される(ケーニッヒスアレーはこの時代につくられたもの) |
神聖ローマ帝国解体(1806) |
| 1815 |
ウイーン会議の決定により、プロイセン王国の手に落ち、プロイセンはライン地域の首府をデュッセルドルフとはライバル関係にあるケルンに定める |
対仏ドイツ開放戦争(1813−1815)、 ウイーン会議(1814) |
| 1831 |
ライン船舶運行法により、ケルン市が保持していた物資集散権が撤廃され、デュッセルドルフは自由港のステイタスを回復(船舶運行が飛躍的に増加し、産業が急速に成長) |
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| 1838 |
ドイツで最初の鉄道がデュッセルドルフ―エアクラート間に施設される |
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| 1850〜1870 |
ベルギーの実業家が最初の鉄鋼業を導入し、ポエスゲン兄弟が鉄鋼業を拡大発展させた他、ハイエがガラス産業を、フリンツ・ヘンケルがメッキ産業を導入し、着実に近代工業都市へと発展する |
ドイツ帝国の誕生(1871)、 ビスマルク体制(1862−90)、 普墺戦争(1866)、 普仏戦争(1870) |
| 19世紀終〜20世紀 |
貿易博覧会、工業・貿易・美術工芸品博覧会などの開催を通じヨーロッパの近代都市としての名を不動のものとする |
第一次世界大戦(1914) |
| 1921〜1925 |
第一次世界大戦の結果、フランス軍による占領統治 |
ワイマール共和国成立(1919)、 ヒトラー総統に就任(1933)、 第二次世界大戦(1939) |
| 1945 |
第二次大戦終了。 米国軍によるデュッセルドルフ開放 |
ドイツ無条件降伏(1945) |
| 1946 |
英国占領軍の命令により、デュッセルドルフはノルトライン・ヴェストファーレン州の州都に指定され、同時に英国型の自治制度が導入される(戦争はデュッセルドルフにも大きな被害をもたらし、約2/3の建物が破壊され、人口は激減し、戦後再びゼロからのスタートとなる) |
東西ドイツ分割(1949) |
| 1950 |
第二次大戦後、英国によって管理されていた空港がドイツ側の手に戻される |
西欧同盟・北大西洋条約加盟(1955) |
| 1956 |
オペラハウスの新改築 |
ベルリンの壁建設(1961) |
| 1967 |
総領事館開設 |
テレビZDF(国営第二放送)放送開始(1963) |
| 1981 |
一部の地下鉄が開通 |
ミュンヘン・オリンピック(1972) |
| 1987 |
庭園博覧会開催 |
テレビ民間放送開始(1987) |
| 1988 |
デュッセルドルフ700年祭 |
ベルリンの壁崩壊(1989) |
| 1996 |
州都50周年 |
東西ドイツ統一(1990) |